FOOD 2020.01.31

四季を感じながら、カウンターで楽しむ小皿中華。炎をあやつる山本雅シェフの「温度」へのこだわり

Masashi Yamamoto 180℃

2016年4月にオープンするや否や、30品の小皿料理を提供するスタイルが多くのグルマンの支持を集め、人気レストランの仲間入りを果たした中華料理店「虎峰」。ミシュラン星付き店でスーシェフを努めた後、31歳という若さで店を任された山本シェフに、「虎峰」独特のスタイルが生まれた理由や、料理、温度へのこだわりを聞きました。

Writer:末光京子 / Photographer:橋本千尋

幼い頃に料理を褒められた原体験からシェフを目指す

まずは、料理人を目指した理由を教えてください。

『料理の鉄人』(1993年〜1999年放送の料理をテーマにしたバラエティー番組)を見て、炎がブワッとなるのがかっこいいと思ったから、とお客さまにはお話しすることが多いのですが、実は親の料理があんまり美味しくなかったんです(笑)。文句を言ったら、「じゃあ、自分で作りなさい」ということになって(笑)。小学1、2年生くらいから料理を始めました。家庭科の授業が始まる前から料理をしていたので、人よりも上手にできて。それを褒められて嬉しかったのが最初のきっかけです。

それは意外でした。家庭料理が美味しくなかったということですが、美味しいものを見分ける味覚は、どう育ってきたのでしょうか。

実は小さい頃、アトピーがあったので、ずっと玄米や豆腐のようなものばかりを食べていて。お菓子はまったく食べた覚えがありません。親の料理が美味しくないというのはそういった理由なんです。

なるほど。そういうことだったんですね。

うま味調味料とか、上白糖も使ってなかったと思います。だからこそ、味覚が敏感になったのかなと。あと、田舎に住んでいたので、ネギがないと言ったら、裏の畑から抜いて持ってくるような感じで。新鮮なものを食べられる環境はよかったのかなと思います。

フレンチや和食の手法を取り入れた、新しい中華を

料理人になろうと決めたとき、中華料理を選んだのはなぜですか?

恥ずかしい話なんですが、当時、お刺身が食べられなかったので、和食や寿司は無理だなと。あとは横文字が全然読めなかったので、フレンチ、イタリアンもないなと。残ったのが中華だったんです。中華は漢字を見ればなんとなくわかるじゃないですか。お客さまには『料理の鉄人』と言ってますけど(笑)。

聞いておいてなんですが、やっぱり『料理の鉄人』ってことにしておきましょうか(笑)。最初に中華料理店で修行された後、フランス料理店でも修行をされたんですよね。

大阪の中華料理店で6年ほど修行して、その後に恵比寿のMASA’S KICHENに行きました。そこで4年修行した中で1年スーシェフをやらせていただいたことで、フレンチの勉強をしたいなと思ったんです。

なぜフレンチの勉強を? 横文字が苦手なのに。

中華料理だけだとバリエーションが少ないかなと思ったんです。中華料理ってソースとかで味をつけるじゃないですか。そういう面ではフレンチと似ているので、何か共通するものがあるんじゃないかと。まだ自分にない知識を増やすことが、将来、役に立つかなと思いました。

実際、その知識は今、役に立っていますか?

「虎峰」は小皿料理を30品出すのですが、30品全部がすべて王道の中華料理ではなく、フレンチや和食の技法を取り入れたほうがお客さまにも楽しんでいただけるかなと。中華料理には、「こうしないとダメ」というこれまでの作り方があって。例えば、衣をつけて揚げて餡を絡ませるのが酢豚です。それはそれでいいと思うんですけど、もっと別の方法で作る酢豚もあるのかもしれないなと。すごくいい豚肉を使うんだったら、調理法は食材を活かす作り方のほうがいいと思うんです。だから、中華やフレンチや和食など、いろいろなアプローチから料理を考えています。

料理の温度を保つため、カウンター中華というスタイルに

「虎峰」は小皿料理を30品提供するというスタイルが特徴です。このスタイルを選んだのはなぜですか?

31歳の時にオープンしたのですが、正直、31歳のシェフの店でコース1本でやって、お客様に来ていただけるのか不安でした。東京で成功するためには、突拍子もないアイデアやコンセプトがないと、誰にも引っかからないんじゃないかなと。「どんな店?」 と聞かれた時に、「30品も出てくるらしいよ」と言われたら興味を持つじゃないですか。

確かに。中華は大きな円卓で食べるイメージで、大勢でないとたくさんのメニューは食べられないですよね。それが、30品目も少しずつ食べられるのは興味をそそられます。

円卓中華も、それはそれで楽しいとは思うんですけど、ここの店はカウンター席だけなので、それも難しいですし。実はカウンター席のみにしたのも理由があって。熱いものを熱く、冷たいものを冷たく召し上がっていただきたいから、料理をすぐに提供できるようにカウンター席だけにしたんです。個室があると、どうしても運ぶまでに料理の温度が変わってしまうので。

温度へのこだわりから、「虎峰」のスタイルは出来上がったんですね。でも、30品出すのはすごく大変だと思うんですけど……。

大変さしかないです、間違いなく(笑)。ただ生み出す楽しさはあります。30品あると、いわゆる中華料理だけが出てくる店じゃないということはわかっていただけるので、次はこんなメニューにしてみようと考えることができる。もちろん、その逆で、生み出す苦しさもあるんですけど。でも、お客さんの反応を見て、これでよかったとかダメだったとか考えるので、すごく成長にもなります。

大事にしているのは、鍋に食材を入れた時の感覚

中華料理というと、強火で素早く炒めるイメージがあります。温度に対して気を配ることは多いのでしょうか。

僕が中華鍋を使う時は、180度で揚げるとか温度を決めているわけではなくて、鍋に食材を入れた時の感覚を大事にしています。でも、普通の中華料理ではやらないやり方で調理していることも多いです。例えば、僕の場合、チャーハンは基本的に強火では炒めないんです。

えっ!? チャーハンは強火でパラパラにするんじゃないんですか?

強火だとパラパラになっちゃうんですよ(笑)。というか、パラパラを通り越して、水分が抜けてパサパサになっちゃうんです。そこが難しいので、最後に煽る時だけは強火にしますけど、基本的には中火〜弱火の間でゆっくりと仕上げます。

なんと……。うちで作るチャーハンが微妙なのを、コンロの火力のせいにしてたいたのですが、そうじゃなかったんですね……。

食材に対して、どういう鍋の温度でアプローチするのかは常に考えています。フリットとか、食材に衣をつける場合、牡蠣は強火にしますけど、エビはまず弱火で、とか。この食材は中華料理のこの技法を使うという一辺倒の考え方ではなく、食材に合わせて何回も試作してみて、一番いい方法を探しています。

ガストロ・バック(減圧調理器)やパコジェット(冷凍粉砕調理機)など、新しい調理法も積極的に試されていると伺いました。

パコジェットはもうそこまで珍しくはないと思うんですけど、ガストロ・バックに関しては、使うことで料理がどう変わるのか、単純に興味があったんです。例えば、一つの食材を下処理する時、ボイルするのか、蒸すのか、オーブンを使うのか、ガストロ・バックなのか。どう違うのか興味があって使い始めました。

実際、どういった違いがあるんですか?

山に登ったらポテトチップスの袋がパンパンになるじゃないですか。ガストロ・バックっていうのは、その逆で食材の圧力を低くするんです。だから、圧力を戻す時に、硬い食材でも中にシュッと味が染み込む。圧力鍋だと食材の繊維を壊しちゃうんですけど、ガストロ・バックは柔らかい食材でも形を残したまま、中に味を入れられるんです。

フカヒレはガストロ・バック、麻婆豆腐は温度をキープ

本日は「虎峰」のスペシャリテである、フカヒレの煮込みと麻婆豆腐をいただきます。この2皿のこだわりを教えてください。

フカヒレの煮込みはガストロ・バックを使って調理しています。フカヒレって、繊維のアンモニア臭がなかなか取れないんです。それをどうやって取り除くかを考えた時に、ガストロ・バックにかけてみたんです。そうしたら、フカヒレ特有のアンモニア臭が外に出て、代わりに紹興酒と生姜と水が中に入って美味しくなりました。

大鍋で煮込んだフカヒレが小皿で提供される

あの美味しさはガストロバックのおかげだったんですね。繊維が口に残ることもなく、濃厚な旨味を楽しめる逸品でした。麻婆豆腐はいかがでしょう?

麻婆豆腐は温度を落とさないように気をつけています。中華鍋に牛肉を入れると、油の温度が下がって少し白っぽく濁るんです。それをしっかりと炒めてやると、また油がピカピカになって透明感が出る。そこに豆板醤を入れたらまた炒めて、その後、豆腐を入れたらまた1分くらい炒めます。味をしっかり染み込ませて、最後の片栗粉は、しっかりと鍋がブクブク沸いている状態で入れていきます。食材を入れるたびに、しっかりと炒めて温度をキープしないと、麻婆豆腐の味がぼやけてしまうんです。

見事なツヤの麻婆豆腐はお腹に余裕があれば最後に追加注文できる

なるほど。細かい調整が必要なんですね。そのほかに、特に温度調節が難しいメニューはありますか?

この店では大きな塊の肉をお出ししていないので、小さい肉に火入れしていくのがすごく難しいです。蒸すと火入れのばらつきが出ないので、蒸し器を使う時もあります。普通はオーブンでやるんですけど、水分がないので結構ばらつきが出るんです。火入れで一番ばらつきがないのは、ボイルしたり、油で揚げたり、液体につけることですね。その次にばらつきがないのは蒸すことなんです。今は、アマダイの火入れに蒸し器を使っています。アマダイを高温の油でさっと揚げて表面をコーティングするんです。でも、そのまま揚げちゃうと中の水分が流れ出てしまう。それを防いで、しっとり感を残すために最後の火入れを蒸し器でする。それは新しく試してみた方法です。

街の中華屋さんの「極限に美味しいバージョン」をやってみたい

最後に、今後、山本シェフが挑戦していきたいことはどんなことですか?

今、少量多品目でやっているので、次は、たとえば、街の中華屋さんの極限に美味しいバージョンというか、青椒肉絲とかを突き詰めた、カウンターだけのお店をやってみたいというのはあります。

定番メニューが置いてある中華屋さんの最高峰という感じですか?

そうです、そうです。今までは、この食材にどうアプローチするのかという形で料理を作って来ましたが、次は、まずメニューありきで、このメニューを最高に美味しくするにはどうしたらいいのかというスタンスで作ってみたい。「虎峰」で得た経験を生かして、僕のフィルターを通して青椒肉絲をどれだけ美味しくできるのかに挑戦してみたいというか。もちろん、青椒肉絲じゃなくても、担々麺でもいいです。そういう意味では、「ザ・王道の中華コース」もいつかやってみたいです。

30品出すという冒険をしてきたからこそ、どんどん形を変えて面白く展開していけるんですね。

同じ店を出してもつまらないので、形を変えて面白い店にしていくのでもいいのかなと思っています。もともと「虎峰」も面白いコンセプトを打ち出してやってきたので、そこのシェフが、「すごく普通の中華料理をやっているらしいよ」なんて噂になったら、逆に面白いのかなと思っています。

「あまり取材には慣れていなくて……」と、言葉を選びながら料理や温度へのこだわりを話してくださった山本シェフ。真摯な姿勢や言葉の端々から、料理に対する想いや、飽くなき探求心を感じました。そんな山本シェフですが、厨房に入ると一変。カウンター席に囲まれた中でリズミカルに調理する様子は、まるで舞台を見ているよう! ミシュランの星取りも間近と言われているだけに、和食やフレンチの手法を取り入れた斬新な中華を体験するなら、今です!

四季を意識した丁寧で洗練された30品の料理に、紹興酒やワインなどのドリンクをペアリングできるのも「虎峰」独自のスタイル。枠にとらわれずに新しい料理を追求する山本シェフの今後に注目です。

INFORMATION

虎峰

住所:東京都港区六本木3-8-7 PALビル1F
電話:03-3478-7441
営業時間:18:00、20:30 二部制
定休日:毎週日曜日、年末年始
URL:https://www.koho-roppongi.com/

PRODUCED by

山本雅さん

大阪の四川料理店で料理人のキャリアをスタート。スイスホテル南海大阪のレストラン「中国料理 エンプレスルーム」で4年間修業後に上京。「ミシュランガイド東京」一つ星の名店「MASA’S KITCHEN」で約5年間経験を積みスーシェフを務める。フランス料理店を経て、2016年4月に「虎峰」料理長に。

マガジンど 編集部

あらゆるものの温度について探究していく編集部。温度に対する熱意とともに、あったかいものからつめた〜いものまで、さまざまなものの温度に関する情報を皆さんへお届けします。

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