FOOD 2020.01.31

技術、知識、創造力。すべてが詰まったコンソメスープ。美味しさを決めるのは、「温度」と「時間」

Kenta Kayama 60℃

東京で最高峰のトリュフを思う存分楽しむことができると話題のマルゴット・エ・バッチャーレ。「カンテサンス」や「元麻布かんだ」など名だたる三つ星レストランで修行を積んできた加山賢太シェフのお店です。料理の温度には並々ならぬこだわりがあるという加山シェフが語る、料理の美味しさを左右する温度、そして時間について。

Writer 末光京子 / Photographer 橋本千尋


幼い頃から身近にあったアツアツの料理

まずは加山シェフが料理人を志したきっかけから伺います。ご実家がレストランを営まれているそうですね。

父と母だけでやっている、16席くらいの小さい洋食屋です。昔から料理がいつも側にあったので、必然的に料理人を目指していました。小学校3、4年生くらいの時には「将来は料理人になる」って書いていたらしいので。

小3で!? 生き急ぎすぎじゃないですか!?

小さい頃から店の手伝いで、父が作った料理をお客さまに運んでいたんです。うちの親父の料理ってめちゃくちゃ熱いんですよ! 湯気がガンガン上がっていて、それを「美味しそうだな」と思いながら持っていくとお客さまが笑顔で食べてくれて、お皿がきれいになって戻ってくる。その光景がすごく好きで、「親父は魔法使いなんじゃないか?」と思っていました。

ドラマになりそうな素敵エピソードです。そして、小学5年生の時に衝撃的な料理に出会ったそうですね。

はい。コンソメスープです。家族で時々訪れる洋食屋さんの看板メニューが、フォアグラのフラン(茶碗蒸し)の上にコンソメスープを注いだ料理だったんです。でも僕はフランが苦手で。僕だけ何も入ってないコンソメスープを出してもらっていたんです。

僕は、フランス料理の中でコンソメスープが一番尊いものだと勝手に思っていて。技術も知識も想像力も、コンソメスープにはすべてが詰まっています。

加山シェフこだわりのコンソメスープ。ワイングラスで提供される

それ、『グランメゾン東京』で見ました。コンソメスープを作るのは、手間と時間がかかって大変なんですよね。コンソメスープへの憧れからフランス料理の道へ?

いや、父がかぶっていた長いコック帽がカッコよかったからです(笑)。あれをかぶって仕事がしたかったんですよね。

意外にもビジュアルからだったとは! お父さまは息子さんが同じ道を目指してくれて、嬉しかったんじゃないですか?

いや、全然! 大反対でした。僕は一時期、スノーボードのハーフパイプのプロ選手になろうと思った時期があったんです。でも、高校2年生の時に大ケガをしてしまって。そこでプロ選手はあきらめて、料理の道を目指そうと思って専門学校に行きました。その時にようやく「自分が決めたならいいんじゃない?」という感じで認めてくれたんです。

フレンチと和食から学んだ美味しい温度

専門学校卒業後は、フランス料理の名店「モナリザ」で修行されます。そして、日本料理の「元麻布かんだ」でも修行されたそうですが、なぜ日本料理を学ぼうと思われたのでしょう。

普通にフランスへ修行に行こうと思っていたんですけど、専門学校時代の恩師である神田裕行さんに、「これから料理界はよりボーダレスになっていくから、日本人という強い武器を持って海外に行くべきだ」というアドバイスをいただいて。そのときに、「確かに日本料理については何も知らない」ということに気づいたんです。

今では、神田さんの元で日本料理に触れたそのときの経験が僕の大きな財産になっています。神田さんからは、温度についてもたくさん教わりました。

温度について、どんなことを教わったのですか?

神田さんがお客さまにお出しするお椀って、果てしなく熱いんです。アツアツで見た目も美しいお椀をフーフーしながら食べるのってすごく嬉しいじゃないですか。その温度の贅沢感は、日本料理特有だなと。フランス料理でアツアツを食べることはあまりないので、そういったアツアツの温度の大切さを、「かんだ」で学ばせていただきました。

お父さまの料理といい、神田さんのお椀といい、加山シェフの中にはアツアツの料理へのこだわりがあるんですね。その中でも、「特に温度が大事」な料理はありますか?

アツアツだけでなく、すべての料理で温度は絶対的に大事です。料理を考える時、僕はまず気温から考えるんです。朝起きたら天気予報と湿度を必ず見て、外に出たら、天気がよくて気持ちいいとか、意外に冷えるなとか、温度を感じるところからすべて始まります。

天気でメニューが変わるんですか?

ものすごく変わります。同じメニューでも、使う食材が変わることもあります。セリを使ってすっぽんの茶碗蒸しを作ろうと思っていたとしても、急に寒くなったら、もっとほっこりする食材がいいなとか、思うわけです。それで、セリをユリ根に代えたりもします。

研究に研究を重ね、適正温度を導き出す

こちらのお店は、トリュフをたっぷり使ったメニューが有名ですが、トリュフの美味しい温度はどのくらいなのでしょうか。

黒トリュフは加熱すると香りがより引き立つので、一番いい温度は60〜70℃ですね。

箱に入ったトリュフ
木箱に入ったこれは?じゃがいもではありません、白トリュフです!

スペシャリテのコンソメスープには、トリュフを後から削ってかけますよね。そうするとちょうどいい温度になるんですか?

そうです。スープをワイングラスに入れて、アツアツの状態でお出しするんですけど、ワイングラスはすぐに冷めるんです。だから最初に一口飲んでいただいて、グラスを置いて1分くらいかな。そうすると一気に温度が下がるので、ちょうど60℃くらいになるんです。白トリュフの場合はもっと低くて、50〜60℃くらいですかね。

アツアツのコンソメスープにトリュフをたっぷり削り入れるスペシャリテ

適正温度を導き出すまでにはきっと、何度も試作されたんですよね。しつこいようですが、『グランメゾン東京』でも温度を変えて何度も……。

やりましたよ(笑)。本当に研究をするしかないんです。厄介なのは、個々のトリュフによっても狙う温度が全然違っていて。

一つひとつ違うんですね。

お客さまが2名なのか4名なのか、6名なのかでタイミングも全然違いますし。

人数も!

お客さまの人数はすごく大事です。6名さまのテーブルにトリュフを削りに行こうと思ったら、6人目に行くまでには時間がかかるじゃないですか。だから料理を出すタイミングも考えます。

メニューを決める際、フランス料理と日本料理の両方を学んできたことは生かされているのでしょうか。

かなり生きています。僕の場合は日本料理店で修行したからこと、他のフランス料理人より引き出しがたくさんあると思っています。食材を酢で締めるのか、塩だけにするのか、昆布につけるのか、出汁で一日置くのか、いろいろな方法がありますから。それをフランス料理の技法にどう落とし込むかという考え方をしています。

たとえば、僕はマグロの美味しい食べ方は刺身か寿司だと思っているので、カルパッチョのような飾り付けをしてお出しすることもあります。

あえて火を入れないという選択肢もあるんですね。

ただ、火を入れない場合も温度へのアプローチはあるんですよ。カワハギだと、身は冷たい方が美味しいのですが、肝も冷たくしてしまうと肝の美味しさが舌に伝わるより先に胃の中に入っちゃうんです。だから肝だけ少し常温に戻したほうがいい。温度が関係ない料理はないですね。

絶品!コンソメスープとトリュフ卵かけごはん

トリュフたっぷりのコンソメスープ。今まで飲んだことのない驚きの一品

今日はコンソメスープとトリュフ卵かけご飯を試食させていただくのですが、まずはコンソメスープへのこだわりからお伺いできますか?

コンソメスープはまず水から始まるんです。今まで水素水などいろんなお水を使ってきましたが、今は阿蘇の温泉水を使っています。すごく美味しくて柔らかい水なんですよ。まずは温泉水で昆布水を作るところからコンソメ作りが始まります。

コンソメスープって昆布使いましたっけ?

普通は使わないです。僕がイメージするコンソメスープは、クラシックな濃い味のものではなくて、日本料理の出汁の世界にどっぷり浸かっているコンソメスープなんです。でも、和に寄り過ぎずに、味はシャープで上品で香り豊かっていうところを狙っています。

確かに優しいのに複雑な味わいがします。卵かけご飯はトリュフを贅沢に使いすぎですよね。

お米も卵も水も水の量も炊く時の温度も、すべてにこだわっています。お米を炊く鍋の形とか、そこに入れるお米の量まで。お醤油も3種類をブレンドしていて、栃木の生醤油、島根の再仕込み醤油、大分の肉醤を取り寄せています。

炊きたてごはんにトリュフをたっぷり削り、混ぜ込む

お米もたまごもシェフ自ら足を運んで選んだもの

卵の温度にもこだわりがあるんですね。

もちろんです。今の季節は、6時からご予約のお客さまなら4時45分くらいから常温に戻しています。

分刻みなんですね! 美味しさの理由がわかりました。最後に、加山シェフの今後について教えてください。

直近では、もう1店舗、洋食のお店を出したいと思っています。実は父と母を東京に呼んで、そのお店で腕をふるって欲しいなと思っているんです。

その次は海外にお店を出したいですね。欲を言えば、ニューヨークで。ニューヨークにはいろんな人種の人がいて、いろんな文化が混ざり合っているじゃないですか。僕たちの料理はカテゴライズしにくいんです。フランス料理でもない、日本料理でもない、完全な創作料理なので、ニューヨークは僕たちがやってきたことを一番試してみたい場所だなと。それで、子どもたちにも「料理人ってかっこいい」と思って欲しいですね。

エンゼルスの大谷翔平選手みたいです。ちょうどフランス料理と日本料理の二刀流ですし。

そうですね(笑)。海外で活躍すると、子どもたちも野球選手になりたいってなるじゃないですか。ああいう形を料理の世界でも作りたいと思うんです。

現在は、弟である順平シェフとともにお店を切り盛りする加山シェフ。お父さまの心配をよそに加山兄弟は料理の道に進みましたが、ご自身のお子さんとなると少し心配のようです。

取材中も、「出すタイミングを教えてください。逆算してご飯を炊きますから」と、アツアツのごはんにこだわる加山シェフ。コンソメスープも同様で、言葉の端々に「温度へのこだわり」を感じました。フレンチと和食を組み合わせた斬新な料理の数々が、今後どう進化していくのか? 新たに出店予定の、お父さまが腕をふるう洋食のお店も含め、楽しみです。

INFORMATION

マルゴット・エ・バッチャーレ

住所:東京都港区西麻布4-2-6 菱和パレス1F
電話:03-3406-8776
営業時間:18:00~23:00(20:30ラストオーダー)
定休日:日曜日、祝日、第1土曜日
URL:https://www.margotto.jp/home

PRODUCED by

加山賢太さん

料理人の父のコック帽に憧れ、料理人を志す。「モナリザ」「元麻布かんだ」「カンテサンス」で研鑽を積み、2014年9月、マルゴット・エ・バッチャーレのシェフに。15年、「RED U35」ゴールドエッグ(ファイナリスト)選出。17年、世界ガストロノミー学会「新進気鋭シェフ」に日本人として初選出される。

マガジンど 編集部

あらゆるものの温度について探究していく編集部。温度に対する熱意とともに、あったかいものからつめた〜いものまで、さまざまなものの温度に関する情報を皆さんへお届けします。

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