FOOD 2020.04.10

ネタとシャリの温度管理を徹底!食べた瞬間が最高においしい究極の1貫

shushi 32℃

鮨好きなら知らない人はいない、阿佐ヶ谷の予約のとれない「鮨なんば」。店主である難波英史さんは、2018年に2号店を東京ミッドタウン日比谷にオープン。こちらで難波さんは新しい挑戦の真っ最中。業界初! ネタとシャリの温度差に徹底的にこだわり、1℃単位の温度管理を徹底し、究極の1貫を日夜探求しているのです。

Writer:白鳥紀久子 / Photographer:橋本千尋

鮨はネタとシャリが寄り添って、究極の一貫になる

お品書きにネタとシャリの温度は書き始めたのはいつからですか?

こちら(東京ミッドタウン日比谷)に出店した2018年からです。このあたりは高級鮨屋の激戦区。うちだけの特徴を出していかないと生き残れないと思ったんですよ。ネタに合わせて、シャリの温度を変えることは、以前からしていたことなんですが、あえてお品書きに書いて、ネタとシャリの温度にこだわっていることを全面的にアピールすることにしたんです。

ネタとシャリの温度はどのように決めているのですか?

私は鮨を食べるとき、ネタが少し冷たすぎると感じたときは口の中に入れて唾液でネタを温めて適温にしてから食べます。でも、普通は食べたらすぐに飲み込んでしまうものです。だから、ネタに合わせて口に入れた瞬間においしく感じる温度帯を研究したんです。いろいろなネタにシャリの温度を変えて合わたり、ネタの温度を変えて比べたりして、何度も試して自分がいちばんおいしく感じる温度を調べました。

鮨なんばの難波さんの写真

ネタによって食べごろの温度が違うんですね。

例えば、まぐろは味も香りも強く、脂も多いので、シャリの温度を人肌(36℃くらい)より高めにして、酢を多くして酸味を立たせほうがおいしく食べられます。逆に、貝類は温度が高いと貝特有の臭みを感じやすくなるため、冷たくして握るとおいしくなります。車えびは冷たい状態よりも人肌程度に温めたほうが甘みが際立ちますし、ウニは温かいと形が崩れるので冷たくして出します。

ネタの温度管理がどのようにされていますか?

ネタは業務用の大型冷蔵庫で冷蔵管理し、握るときにネタに合わせて15~40℃の間で温度調整をします。温度はレーザー式の温度計でチェックしています。車エビなど、加熱するネタはまとめて加熱しておくと効率的ですが、適温で提供するためには2本ずつ蒸すなど手間をかけることが大事だと思っています。

鮨なんばの鮨の画像
とろとまぐろは下田港(静岡県)、延縄漁でとれた128㎏のまぐろ、ひらめは米子港(鳥取県)、サバは三重県産

シャリはうちわで仰いで冷ますのでしょうか?

シャリは時間差で少量ずつ炊き、保温器に入れて50~55℃でキープします。握る30~1時間前に冷水でしぼったさらしをかぶせたり、うちわであおいで冷まして調整しています。おひつに移してからも、シャリの内側は温度が高く、外側は温度が低くなるので、ネタに合わせて使い分けています。

鮨は握る人の手の温度も重要かと思うのですが。

毎日、手の温度を測定しています。私の手の温度は32℃前後。少し体調悪かったり、前日に飲み過ぎてしまったときは34℃になることもあります。温度が高いときは、握るときに手水に手を入れて調整しています。

鮨なんばの難波さんの画像

鮨業界では、ネタをシャリの温度を一般的に気にしているものでしょうか?

昔は冷たいシャリが主流でしたが、今は人肌くらい温度のシャリが一般的だと思います。でも、うちのようにネタに合わせてシャリの温度を変えることを公言しているところはないでしょう。鮨はネタとシャリが寄り添って、一貫になります。ネタの切りつけ、大きさ、厚みから、シャリの硬さ、粘度、甘み、塩気、コクなど、気をつけることは数多くあります。その中でもネタとシャリの温度が私は最も大事だと思っております。

鮨なんばの難波さんの画像

鮨以外のメニューの温度にもこだわりますか?

お品書きには鮨以外のメニューの温度は記載していませんが、いちばんおいしく感じる温度でご提供しています。例えば、あん肝は口の入れた瞬間にとろける食感を楽しんでいただけるように、常温でお出ししています。その他のつまみ系も常温で、煮物や焼き物は温かくしてお出ししています。

最初は理解されなかった「温度差を強調する意図」

鮨なんばのお品書き写真

お品書きを拝見すると、温度設定が細かいことに驚きます

記載している温度は、あくまでも私が理想とする温度です。うちは8人がけのカウンターがメイン。1人目に握った鮨と8人目に握った鮨には、多少の温度差が生じてしまいます。1対1で握れるなら、お品書き通りの温度でご提供できますが、現実的には難しいです。また、実際に食べたお客様が1℃刻みの温度変化を実感していただけるかと言えば、これも難しいと思います。温度は3℃くらいの差がないとわからないものですから。だから、最初は温度差へのこだわりを理解していただけないこともありましたが、私がネタとシャリの温度をお品書きに記載する真の意図は、別にあるんです。

お品書きに温度差を記載することの真の意図とは?

ネタとシャリを最高の状態で食べていただくために、お客様へ贈る私からのメッセージであり、鮨を楽しむための筋書き(ストーリー)なんです。その日に仕入れたネタをおいしく食べていただくために、温かいネタの次は冷たいネタ、といったふうにメリハリをつけて握ることで、ネタが本来持っているポテンシャルを最大限に引き出しています。ネタとシャリに温度差をつけることが、お客様が最初の1貫から最後の1貫までおいしくご堪能いただくための演出になっているんです。先日、ある有名ミュージシャンが私の鮨を食べて、「まるでコンサートのようだね。感動したよ」といううれしいお言葉をいただきました。緩急つけた演出の意図が伝わったと実感しました。

鮨なんばの難波さんの画像

お客様はネタをシャリの温度差をどのように楽しんでおられますか?

お品書きを見ながら、鮨が出てくるたびに、温度の違いに対する質問や味の感想などをよくいただきます。温度を記載することで、お客様同士の会話も自然と増えているように思います。店内はいつも賑やかで、リラックスしたムードでお過ごしいただいていることが何よりうれしいです。昼も夜も予約制で1回転しかしませんから、ゆっくり時間をかけて鮨を堪能していただけることが、うちの利点だと思います。お品書きは、毎日、入荷したネタの状態を見て決め、シャリの温度とネタの温度を記載し、お客様にお持ち帰りいただいています。

独学で極めた鮨の道。瞬く間に「予約のとれない店」に

鮨職人になったきっかけを教えてください。

定時制高校在学中に深夜に飲食業のアルバイトをしていました。理由は「食べることが好きだから」。最初は蕎麦屋でしたが、次に働いたのが鮨屋。いわゆる大衆店でしたが、ここで鮨職人という仕事の奥深さに興味を抱き、「極めてみよう」と決意しました。

鮨なんばのカウンターの画像

独立するまでに道のりを教えてください。

まずは地元の荻窪の鮨屋で修行しました。その後、都内の鮨屋を転々としながら技術を学び、2007年に独立。荻窪にカウンターだけの小さな店を持ちました。おかげさまで地元の企業の社長様などで繁盛し、少し手狭になったため2011年に阿佐ヶ谷に移転。座席数が少し増え、カウンターは8席に。つまみ10皿と握り12貫で12000円というリーズナブルな価格帯で商売するうちに、地元に限らず、違う町からわざわざ電車に乗ってやってきてくれるお客様が増え、連日、予約で満席に。2018年に日比谷に出店してからは、10年共に握ってきた仲間に阿佐ヶ谷の店をまかせ、私は日比谷のこの店で毎日握っています。

仕入れなども難波さんが行うんですか?

市場に実際に出向いて、仲買さんたちと信頼関係を築くことで、希少な魚を仕入れることができるので、市場通いは欠かしません。

外国人にも鮨の美味しさを伝えたい

鮨なんばの鮨の画像

これから、どんなお店にしていきたいですか?

日本人だけでなく、いろいろな国の方々に鮨のおいしさを伝えていきたいです。場所柄、外国からのお客様も増えており、現在、2割が外国人です。鮨に興味をお持ちの方は日本人より鮨を食べ慣れた様子の方も多く、ネタをシャリの温度設定の違いにも敏感に反応していただけるのがうれしいです。

お客様から言われた言葉で印象的な言葉はありますか?

「雑味がなくて、きれいな味だね」と言われたのはうれしかったですね。温度管理に重点を置くことで、魚本来の風味を引き出せたからこそ、いただけた言葉だと思いますから。「温度ってこんなに大事なんだね」「鮨は温度だね」という言葉もうれしかったです。私のこだわりが伝わった証ですからね。

まとめ

鮨なんばの難波さんの画像

ネタとシャリの最高のマリアージュをアグレッシブに探求中の難波さん。その立ち姿は、神聖な光を放つほど雄々しいのですが、お人柄は凪のように穏やかで、やさしい語り口調は人をほっと和ませてくれます。予約殺到なのは、決して味だけでなく、そんなお人柄のせいでもあるのでしょう。1℃刻みの温度の変化で緩急をつけて握られる鮨は、一切手抜きなし! どれも難波さんの真摯な思いが詰まった逸品ぞろいです。

INFORMATION

鮨なんば

住所:東京都千代田区有楽町1‐1‐2 東京ミッドタウン日比谷3階
電話:03‐6273‐3334(予約制)
営業時間:ランチ12:00~15:00(L.O.14:30)、ディナー17:00~23:00(L.O.22:30)
定休日:毎週月曜日/毎月第1火曜日
https://omakase.in/r/nm181004
https://www.hibiya.tokyo-midtown.com/jp/restaurants/31700/

PRODUCED by

難波英史さん

1974年、杉並区荻窪生まれ。「食べることが大好き」だったという難波さんは定時制高校に通いながら、地元の鮨屋でアルバイトを始め、鮨の世界の奥深さに魅せられます。それから、プロの鮨職人を目指して、東京都内のさまざまな寿司屋で修行を積んだのちに独立し、「鮨なんば」を開業。並外れた探求心と鋭い感性でほぼ独学で技術を磨き、いつの間にやら美食家の間で話題の、予約のとれない店へと成長。そして、2018年から日比谷に2号店を出店し、新たな挑戦をしています。

マガジンど 編集部

あらゆるものの温度について探究していく編集部。温度に対する熱意とともに、あったかいものからつめた〜いものまで、さまざまなものの温度に関する情報を皆さんへお届けします。

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