SPECIAL 2021.03.30

動物にとって快適な飼育環境って?よこはま動物園ズーラシアの獣医師に聞きました

Average temperature of animal breeding environment 20℃

最近、動物園に行ったのはいつですか? 「動物園=遠足や家族連れで訪れる場所」というイメージがある方もいるかもしれません。でも、世界中の珍しい動物たちがいる動物園は、大人が訪れても楽しい発見がある場所です。凛々しく、愛くるしくのびのびと生きる動物たち。その裏側では、生息する地域とは異なる日本の環境で、動物たちが元気に暮らすためにさまざまな工夫が行われています。そんな動物園の裏側を知れば、もっと動物への興味が湧くはず! そこで、今年で開園22年目を迎えるズーラシアで獣医師として働く野村美佳さんに、動物園の獣医師という仕事について聞いたほか、動物たちを日本で飼育するための温度や湿度などの環境管理についてお話を伺いました。これからの季節にお出かけするなら、オープンエアな動物園がオススメです!

Writer:末光京子/Photographer:橋本千尋

今日お話を伺ったのは……

公益財団法人横浜市緑の協会 よこはま動物園ズーラシア 医療係獣医師 野村美佳

獣医大学卒業後、水族館勤務を経て、現在の公益財団法人横浜市緑の協会に勤務。広報担当を経て医療係へ。医療係では、主に園内動物、傷病鳥獣の診療にあたっている。

飼育員との連携やリサーチも獣医師の大切な仕事の一つ

ズーラシアはどんな特徴がある動物園なのですか?

野村美佳(以下、野村) 

「生命の共生・自然との調和」をメインテーマに、動物たちが本来生息している環境を再現した生息環境展示や、世界の気候帯・地域別にゾーニングしています。それにより、世界旅行をしている気分で動植物や自然環境について楽しく学べる、国内でも最大級の動物園です。

現在は約100種750点の動物を飼育していて、約60名の飼育員と4名の獣医師が在籍しています。生息環境展示は他の園でも行われていますが、園内がとても広いので、非常に野生に近い環境の動物たちを観察できるのは当園ならではかもしれません。また、園内の通路や広場にもその地域に実際に生えている植物を植えたり、その地域特有の造形物を置いたり、動物たちが暮らしている環境を細かく再現しているのもズーラシアの特徴です。

よこはま動物園ズーラシアの園内マップ

獣医師は4人いらっしゃるということですが、動物ごとにご担当が決まっているのですか?

野村:4人のうち、主に3人でエリアごとに担当を分けていて、私は「アフリカのサバンナ」ゾーンとウマなどを飼育している「ぱかぱか広場」を担当しています。

担当するエリアが広くて大変ではないですか?

野村:よくそう言われるのですが、獣医師というのは基本的には動物が病気やケガをしていなければ、毎日診察や治療をするわけではないので、担当エリアの広さはそれほど問題ではありません。私たちが暇なことが動物にとっては一番いいことなんです。

また、主に担当エリアの動物を診ていますが、実際に治療にあたる時にはチームを組んで仕事をするので、毎日決まったルーチンワークがあるのではなく、仕事内容は日々変化しているんです。

具体的にはどのような仕事内容なのでしょうか。

野村:だいたい午前中は「巡回」と言って、自分の担当エリアの動物に異常がないか見回っていることが多いです。園内に入院施設があるので、そこに入院している動物がいれば、朝一で様子を見に行ったり、治療をしたりします。

午後になると、検査があったり、死亡した動物の解剖が入ったり、もちろん事務作業もあるのでデスクワークをしていることもあります。野生動物を相手にしているため、治療するうえでわからないこともたくさんあるので、調べものをすることも多いです。

人間だと皮膚科や眼科など細かく分かれていますが、動物にもそういった専門分野があるものなのですか?

野村:一言で獣医師といっても、動物園はかなり特殊な環境です。犬や猫などのペットには、人間のように眼科や外科に特化した病院もあるのですが、動物園となると、大学でも習わないような動物たちの診察がメインなんです。動物によって体のつくりが違いますし、そういう意味では手探りなことも多いです。それに加えて、野生動物ならではの難しさもあって、日々試行錯誤しています。

担当エリアを巡回される際には、個体ごとに診察もするんですか?

野村:通常は特に診察はしません。あくまで野生動物という扱いなので、見守ることが基本のスタンスなんです。その代わりに、スタッフの中でも毎日一番近くで動物を見ているのはやっぱり飼育員なので、何か異常がないか、気になることはないか、飼育員からヒアリングしています。今日はちょっと食欲がないとか、なんとなく元気がない気がするとか、そういった飼育員だからこそ気が付ける些細な変化を教えてもらっています。

逆に獣医師から飼育員にお願いしているのは、食事量や体重などの数値や排便のチェックです。動物の頭数が多く、獣医師が全部を把握するのは難しいので、飼育員とコミュニケーションを密にとることが重要な仕事の一つと言えます。

担当されているエリアの中で、特に飼育が難しい動物はいますか?

野村:一番気をつけて見守っているのは、キリンです。動物に何か異常があって検査が必要になる場合、麻酔をかけることが多いのですが、キリンは麻酔自体のリスクが非常に高く、検査のための麻酔で死んでしまうこともあります。胃が4つあって首も長いキリンは麻酔をして寝かせた時に、胃の中のものが逆流してきて詰まってしまう危険があるんです。

私はキリンに麻酔をかけたことはまだないのですが、キリンの仲間のオカピには、ここ数年で麻酔をかけるようになりました。毎回細心の注意を払って治療しています。

シマウマに似ているが、キリン科の動物のオカピ。1999年に日本で初めてズーラシアが公開した

本来の生息環境に近づけるために、さまざまな工夫で温度・湿度を調節

ズーラシアではゾーンごとに温度や湿度など、動物の飼育環境を調節されているのでしょうか。

野村:ゾーンごとというより、動物種ごとに飼育環境は変えています。例えば、「オセアニアの草原」にいるセスジキノボリカンガルーは温度20℃以上、湿度60%、「中央アジアの高地」のテングザルは温度20℃以上、「アマゾンの密林」のヤブイヌは温度20℃以上、湿度65%。

「アフリカの熱帯雨林」のオカピは温度20℃以上、湿度50〜60%、「アフリカのサバンナ」のケープハイラックスは温度20℃前後、というようにそれぞれ適正な環境が設定されています。

それらの飼育環境の基準は、動物たちが本来生息する地域の環境に近づける意味で決められているのでしょうか。

野村:はい。ただ、地球温暖化の影響で年々環境が変わってきています。20年前は冷暖房が当たり前ではなかったのですが、人間同様、今では動物たちにとっても必要不可欠なものになってきています。

ですので、お客さまにもご理解いただいて、本来寒いところに住んでいるホッキョクグマは夏の展示時間をちょっと短めにしたり、逆に暑いところに住んでいる動物たちは冬の展示時間をちょっと控えたりしています。

暖房器具付きの小屋で温まるボウシテナガザル。温まってから外で動く、という動作を繰り返していた

日本は四季があるので、どうしても本来の生育環境と乖離する時期が出てきてしまいますよね。

野村:そのため、獣舎に暖房をつけたり、加湿器を用意して湿度を上げたりと努力しています。最近は、「動物福祉」という言葉も聞かれるようになるくらい、精神的にも環境的にも動物たちが幸福に過ごせるようにする、という考え方が浸透してきています。

夏は肉食動物に肉の汁を凍らせて与えたり、冬は地面に敷いている藁を多めにしたり、小屋を作ってそこを暖かくしてあげたり、この環境で動物が快適に過ごせるように工夫しているんです。

では、逆に日本固有の動物だと温度管理などは必要ないのでしょうか。

野村:「日本の山里」にいるホンドタヌキは、都心でも出会うことがあるくらい私たちの身近にいる動物で、やっぱりそういう動物は日本の四季にちゃんと対応できる体に自然となっています。秋になって実りが多くなると、肥えて脂肪を蓄えて、夏になるとスマートになって、私たちがコートを着たり薄着になったりするように、自分で体温を調節しているんです。

なので、夏と冬ではびっくりするくらい見た目が変わるんですよ。冬はモコモコの冬毛に生え変わるので、かなりまんまるでかわいくなります(笑)。ニホンツキノワグマやニホンザルも日本固有の動物なので、日本の四季に対応しています。でも、ニホンザルは冬の寒い日などには人間と同じように寒そうにしていて、みんなで固まって身を寄せ合っている“サル団子”も見られるんです。そういった季節の変化を見比べるのも面白いと思いますよ。

「日本の山里」のホンドタヌキ。本州や四国、九州に生息するそうで、まるまるとした姿がかわいらしい

逆に温度管理に気を遣う動物はなんですか?

野村:「アジアの熱帯林」にいるアカアシドゥクラングールというサルは、温度20℃以上、湿度50〜60%の環境を保つようにしています。冬は暖房をたくさんつけて温度を上げていますね。逆に、「亜寒帯の森」に暮らすレッサーパンダは温度20℃以下に保つようにしているので、夏は冷房をつけています。

キリンもサバンナで暮らす動物なので、最低25℃は保ちたいのですが、キリンは大きな動物なので獣舎自体がすごく大きいんですよね。その大きな獣舎の温度を1℃上げることは実はすごく大変なことです。大きな暖房を設置したり、獣舎の床におがくずを敷いたり、飼育員がいろいろな工夫をしてなんとか20〜25℃を保つようにしています。

毛色が美しいアカアシドゥクラングール。本来はベトナム、ラオス、カンボジアに生息する

オススメは肉食・草食動物の関係性を観察できる4種混合展示

野村さんがオススメするズーラシアの楽しみ方を教えてください。

野村:開園当時は当園にしかいなかったこともあり、ズーラシアで一番親しみのある動物かなと思うので、オカピはぜひ見ていただきたいです。それから、一番新しい「アフリカのサバンナ」ゾーンは広々とした風景の中をキリンがゆったりと歩いていたり、キリンの親子がいたりするので、それもオススメです。

日によっては4種混合展示と言って、肉食動物のチーターと草食動物のグラントシマウマ・エランド・キリンを一緒に展示している時もあって、ズーラシアならではの展示なのでぜひご覧になっていただきたいですね。

肉食動物と草食動物を一緒に展示して大丈夫なんですか!?

野村:チーターは自分で咥えられる大きさの獲物でなければ、あまり襲うことがないんです。グラントシマウマもエランドもキリンもチーターより何倍も大きいので、獲物ではないんですよね。逆にグラントシマウマがチーターにちょっかいを出すこともあって、そういった4種混合展示でしか見られない動物たちの関係性を観察するのも面白いのではないでしょうか。

4種混合展示はアフリカの大草原や疎林、湿地帯、岩場などを再現した「アフリカのサバンナ」で見られる

意外です! シマウマは肉食動物に追いかけられているイメージがありました。

野村:もちろんライオンには敵わないと思うんですけど、比較的、チーターには強気に出ている面があるかもしれないです。キリンにちょっかいを出すグラントシマウマもいます!

同じ種類でも個体によって性格は違うんですか?

野村:違いますね。そういうところを観察するのも楽しみ方の一つかもしれないです。個体を比べて見ると、あの子はおっとりしているのに、こちらの子は他の子にちょっかいを出しているなとか、同じ種類の動物でもこんなに違いがあるんだなと知っていただけると思います。人に寄ってくるタイプの子もいれば、人を見ただけでどこかに行ってしまう子もいますし。

それから、ズーラシアにしかいない6種の希少動物にも注目していただきたいです。木の上で生活しているセスジキノボリカンガルー、犬の仲間であるドール、鼻が大きくてユニークな顔をしているテングザル、先ほども話に出たアカアシドゥクラングール。

野生のロバであるモウコノロバ、あとはベニハチクイという頭は青色で体はキレイな紅色をしている鳥もここでしか見られない希少種なんです。園内が広いので、見つけるのが大変かもしれないのですが……(笑)。

希少種を見つけられるまで何度も通うのもいいかもしれませんね。

野村:セスジキノボリカンガルーは特に大人の女性に人気があって、私もお気に入りです。タタタタタッと素早く木に登っていくのに、降りてくる時はゆっくりで、すごくかわいらしいんです(笑)。寒さに弱い動物なので、冬の間は展示をお休みしていたのですが、これからの季節は展示していますので、ぜひ探してみてください。

「オセアニアの草原」にいるセスジキノボリカンガルー。ぬいぐるみのような愛くるしい姿

まとめ

小さい頃から動物園で働くことを夢見ていたという野村さん。その言葉からは、動物たちに健康に暮らしてほしいという気持ちがひしひしと伝わってきました。野村さんは「獣医師は何もしなくて済むのが一番」「基本的には見守るのが仕事」とおっしゃっていましたが、治療する際には麻酔銃で撃つこともあるので、どうしても動物たちに嫌われてしまうこともあるんだとか。

また、珍しい野生動物の治療についてはわかっていないことも多く、動物園の獣医師はとても緊張感のある大変な仕事だと知りました。世界中から集められた動物たちを快適な環境で飼育するためには、温度や湿度、体調管理など獣医や飼育員のさまざまな努力と工夫が必要不可欠。

そのおかげで、私たちが珍しい動物たちのかわいらしい姿や面白い行動を観察することができるんですね。せっかくそんな環境があるのですから、動物園に行かない手はありません! 今度お出かけするなら、ぜひズーラシアを選択肢に入れてみてはいかがでしょうか。

INFORMATION

よこはま動物園ズーラシア

〒241-0001 横浜市旭区上白根町1175-1

公式HP:

http://www.hama-midorinokyokai.or.jp/zoo/zoorasia/

 

※土日祝日の入園には、整理券の事前予約が必要となります。詳しくは、公式HPをご覧ください。

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マガジンど 編集部

あらゆるものの温度について探究していく編集部。温度に対する熱意とともに、あったかいものからつめた〜いものまで、さまざまなものの温度に関する情報を皆さんへお届けします。

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