帰りたいけど帰りたくないから、気になるけど降りたことがない駅へ降りてみる。

Nebukawa / 11℃

Trip

初めまして、生実(oyumi)です!もともと花見をあんまりしてこなかった自分。「花を見よう」「どこかへ行きたい」の気持ちが合わさった結果、海と山以外なんにも無いところへ行くことになりましたが、ある意味人生で初めてちゃんと意識して桜を見ることができたような気がします。
花見=大勢でワイワイするもの、でなくてもいいんだってことを学んで、また1人で生きる術を見つけてしまった生実でした。

Writer / Illustrator:生実(oyumi) / Photographer:橋本千尋

はじめまして、生実(oyumi)という、普段は絵を描いてる人です。

絵を描き始めたきっかけはあんまし無くて、物心がついたときから好きでよくお絵描きをしていました。

意識して描くきっかけになったのは、小学6年生のときのことです。クラス内で初めていじめが起きて、それもクラスが崩壊するレベルの悲惨なものでした(男子VS女子、という図)。そのいじめから身を守るために、ようは男子に気に入られるために当時はやってた漫画のキャラクターを描いてあげたりしてたんです。(NARUTOのキャラをよく描いてあげてました)

絵が描ける人ってだいたい珍しいし重宝されがちだし、意外とみんな絵って描けないらしいから尊敬されたりするんですよね。(高校はいると美大を目指す人が出てくるんで、もう注目されなくなりますけど……)
とまあ、暗くてちょっとズルいやつでした。大人になったらだいぶ楽観的になったけど、根暗でずる賢いところはあんまり変わらないかも。

そんなやつです。伝わったことを願って、よろしくお願いたします!

普通の大人として花見をする

今回記事を書くにあたって花見というテーマを選んだわけだけど、そういえば自分は27年生きてきて花見を1度しかしたことないんでした。
毎年毎年、桜の木の下で楽しそうにしている大人や子供達を見ては虚しがったり悔しがったりして「早く桜が全部散ってくんないかな」なんてことを考えながら春が終わるのが待ち遠しかったのが懐かしく思えたり、思えなかったり……。

3月の誕生日が過ぎてちょうど歳をまた1こ重ねちゃったし、もういい大人になっちゃったし、花見を楽しめる普通の大人になりたいなぁなんて思ったり。
重要なのは場所選び。間違っても寂しいからって上野公園とか目黒川とか行っちゃいけない。
花見。うーん桜かあ。そう頭で景色を想像した時にパッと思い出した。

根府川(ねぶかわ)だ、今こそあそこに行くべきだ!

「時は満ちた」っていうのはこんな時に使うんだろうか。どこかへ行くのにこんなに張り切ったのはひさしぶりかもしれない。

根府川(ねぶかわ)って?

岡本敬三著『根府川へ』という小説に、こんなセリフがあります。

「根府川はいい所だ、駅のホームに海がういてるんだぜ。」

岡本敬三著『根府川へ』

でも、それとはまったく正反対にネガティブに表現しているモノもあります。

「野暮とお化けは箱根の先さ」

岡本敬三著『根府川へ』

確かにあそこは静岡から車で行くと、箱根の山を超える。野暮っていうのは、ようは田舎者のことを呼ぶ。野暮ったい、みたいなときに使うやつです。

ところで根府川ってどこでしょう。
東海道線か上野東京ラインに乗ったことある人なら知ってる人も多いんじゃないでしょうか?(東京からだと乗換なしで1時間くらい。しかもグリーン車があるので快適!)
あそこは小田原駅から真鶴駅(熱海が近め)のちょうど中間あたりで、窓から海を眺められるんです。南側に座ってると海で、反対側を座ってると山。まあ、上でも書いたようにど田舎ですね。トンネルも長いし、人によっては最高な退屈エリアです。

なんでそんなとこ選ぶの?って思う人もいるかもしれないけど、根府川の駅には個人的な思い入れがあるのです。
都内にある通信制高校に通っていた私は、ケチだから電車に乗って通学していたんで、冬の時期に始発で乗ってから向かうと、ちょうど太陽が海の中から顔を出す様子を観察できたんですね。まるで真っ赤なりんごのような、まんまるの太陽。今でも忘れられないくらいきれいで、勝手にカミサマ扱いして少しだけ救われたつもりになったり……今思うと暗い高校生でした。

そういう思い入れがあるもので、大人になった今もたまに電車に乗って通過する時はスマホを見るのをやめて窓の向こうを眺めるようにしています。

根府川を歩くためのプレイリスト
Spotify
今回始めて根府川を降りるにあたって、あの景色を独り占めして歩くためにSpotifyでプレイリストを作ってみました。

せっかくなので当日根府川を歩く用にSpotifyでプレイリストを作ってみました。こちらから聞くことができます。よかったら聞きながら読んでやってください。
さて、準備はばんたんだ。

根府川を歩く

これが根府川の駅のホーム。

この線路に沿って電車が走るわけだけど、まるで海の上を電車が走るみたいに、窓からは海しか見えない。

令和になっても昭和のまま時間が止まったかのような駅や建物があるとすごく安心する。自販機がなかったらもっと最高だったんだけど、そこはまあ、そのギャップを楽しむことにしましょう。外国人にはこのギャップがウケるでしょうね。

地域活性化に対する温度差

ここ根府川駅は、小田原駅と真鶴駅の間にあります。

根府川地域のイラスト

その2つはどっちも立派な観光地だし、上でも言ったように北側には天下の箱根もあるわけですから、ここだとどうしても人が来ないので観光地としてやる気もでない。そんなせめてもの思いなのか、おかめ桜という名物桜があります。地域活性化を願って一生懸命植えたらしい。ちなみに湘南ゴールドっていうみかんも名物。

都会の人にはなかなかわからないと思うけど、地域活性化ってだいたい虚し〜のです。自分も田舎に住んでいるからわかるけど、「この町を元気に!もっと若者が増える町に!」と熱くなっている人と、「別に今のままでも困ってないからいいよ」と冷めてる人とでわかれがちなのだ。ここも多分そんな感じかもしれません。

おかめ桜は咲く時期が他のものよりちょっと早い。
この日行ったのは3月6日。まだ満開じゃないところもあれば、ほぼ満開のところもあった。この桜がまた哀愁を感じてしまう。静かで何もない、あるのは青い海と緑の山、古い住宅。そんな中、華やかにピンクがところどころ彩られているこの景色に、せつなさを覚えてしまうような。
自分みたいなかわいそーなやつには、とても癒しになります。都会の桜もいいんですけどね、あんまり好きになれません。

地元民のための商店と、観光客

なにか食べ歩きしてみたくてスーパーでもないかなとしらべてみたんだけれど、どうやらここにはスーパーどころかコンビニすらろくに無いらしい。(ローソンが海沿いの大道路にはあったけど、地元民が行くところではなさそう)
かわりに小さな商店は2つくらいある。ここがある意味地元民のコミュニティ広場にもなっているのかもしれません。最初通りかかった時、先に神社でも見物してからそのあとに寄って、何か面白そうなものがあったら買ってみようと思ったのにたった10分か15分くらいの間にお店にシャッターがおりてました。残念。

あとで寄ろうと思っていたら閉まってしまったお店

これが地域活性化を願う桜と、地元民の温度差だなあ……私の住むところでも個人店はよそ者にやたら無愛想だったりすることが多いので、どこもこんなもんなんでしょう。
その後。歩いていたらもう1件のところは開いていたからちょっと覗いてみたけど入る勇気が出すも、す〜っと素通りをし、諦める。

看板が無いやっているかわからない中華屋には入れても、このお店には入れなかった。

でも、これは多分だけど、部外者が町のコミュニティに入って大事な町の空気や温度を壊してもいけないのだ。
地域の人が埋めてくれた桜があって、湘南ゴールド(みかん)があって、あの海から捕れる海鮮物に恵まれている。それを楽しむだけできっとこの町の人たちは十分なんだ。そう勝手に納得することにしました。(売ってたのも果物やお菓子、カップラーメンだったし)

付近をフラフラすると、おばさんが声をかけてきた。みかんの直売所だそうです。

湘南ゴールドを持つ人のイラスト

実は自分は果物が食べられない。だからチラ見だけして素通りしようとしたら、再度おばさんに捕まってしまった。

「これ持ってって!これ食べて美味しかったら、買いに来てね」

そう言って小さなみかんを握らされた。あれ?想像してたより優しい。ちょっと嬉しかった。この日は母と来ていて、母に「みかんもらったよ」と言って、母が丸ごとみかんをかじると「せっかくだから買ってってあげましょ」と言いさっきの直売所に戻ってみかんがどっさり入った袋を買いました。500円。経験上、こういうところで買う方が野菜でもなんでも安いのだ。
さっき商店に入れなかったぶん、勇気を出して、かじるのは無理だけど半分に切って汁をチューチュー吸ってみた。果物嫌い克服への道はまだ長そうだけど、みかんジュースを飲むくらいならこれを吸って飲んだ方がずっとおいしいってことだけはわかりました。小学生みたいな感想でごめんなさい……。

みかんも美味しいけど、あのおばさんが優しくて嬉しかったなあ。別にただの観光客としてしか見てないと思うけど、でも、人のあたたかさにすごく救われた。

根府川の歴史

ところで、この根府川という土地の歴史をみんなは知ってますでしょうか。ちょっとした雑学だけど、実はここの駅には1番線が無いんです。

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より 根府川駅列車転落事故

大昔にあった関東大震災による土砂崩れによってホームと列車が一緒に沈んでしまったため、根府川駅には1番線が無いらしい(根府川駅列車転落事故)。当時起きた列車事故の中でも、一番悲惨なものだったようです。
だからたくさんの人が海に沈んで亡くなってしまったし、きっと今でも駅のホームと一緒に海の底に眠っている。なので、駅には殉難碑がたてられています。

もっともっと時代をさかのぼると、1659年には大洪水の被害にもあっている。地震や山津波、そして大洪水。この土地はさぞかし地形が変化したんだろうということが想像できます。

階段の先、根府川の歴史を目指す

さっきのみかんの直売所からもすこし歩くと右手に神社、左手にはどこかへ繋がる階段がある。その先に、根府川の歴史に触れるヒントが繋がっています。

階段からは上から下の方まで見下ろせて、電車が走るための大きな赤い橋やその向こう側にある海が眺められます。

「野暮とお化けは箱根の先さ」

あの本の中のセリフをここでまた思い出す。広い景色が見渡せるこの墓に眠った人たちは、この根府川の海をどう思うんだろう?町に住む人達も含めて。

お墓の写真を撮るというのは常識的にどうなのかと議論されがちだけど、きっと根府川の歴史を知る人は世代が若ければ若いほど知る人も少ないだろうから、あえて、載せたい。という、私のわがままです。(いろんな歴史を知るきっかけになったらうれしいなあ)

さて、階段を降るとおおきな赤い橋の真下にたどり着く。

電車が走るおっきい真っ赤な橋。大迫力。桜が満開になると、赤とピンクと空の青が和を感じて綺麗。

そのすぐ近くに海につながる小さな川があって、短い橋がかかっている。
それを渡ると釈迦堂にたどり着くようになっています。

ところで、釈迦堂ってなんだろう。まあ、お釈迦様がいることはわかるけど…寺とか神社とかと何が違うんだろ。実はよくわかっていない。

根府川を見守るお釈迦様

ここに降り立つと一気に空気が変わる。
なんかこう、ちょっと近寄るのを躊躇してしまうような、不気味というか。こう、ほんとにオバケでもほんとにいるんじゃないかってくらいのなにかを感じさせられるんです。

なかがどうなってるのか暗すぎてわからないところが余計に不安にさせる。
青森の恐山が不気味で怖いって話を家族に聞かされたことがあるけど、多分それとおんなじ感じなんですかね?宮崎駿も神様は神社より深くて薄暗い人間が入るにはこわい森の中のほうがいるみたいなことをよく言ってるし。

ちょっと怖いけど、せっかく来たんだから入らなくちゃ。そうしたほうがいい理由がたぶん中に隠されてる気がした。

中に入ってみると案内板みたいなものがあった。釈迦堂をたてられた理由なんかが書かれていました。

中に入ると目の前に小さな階段があって、それを降ると左手すぐにトンネルのようなものがあります。

残念ながら格子で中に入れないようになっています。中を除くと、案内板に書かれていた釈迦如来像の姿がありました。

これがお釈迦様なのか!

かつては見上げる位置にあったこのお釈迦様。大昔の地震による山津波で埋もれてしまったおかげで、いまではもぐらないとお目にかかれない姿になってしまったのだという。

見上げる位置っていったいどこだったんだろう?あの海沿いの道路付近から、お釈迦様を拝めたってことなんだろうか?てことは、お釈迦様は海と向き合っていたんだろうか?気になる……。

悲しい歴史がつくる景色と、強さ

私は、山や海や川を見ると、「都会に比べてこういうところはいいよな。きっと100年200年前の人たちが見ていた景色と、これは同じなんだ。」とちょっと救われた気持ちになったりしていたけれど、どうやらそうでもないらしいことがこの日わかった。

ずっと変わらない景色は、案外無いのかもしれない。

でも、このお釈迦様は掘り起こされたっていうのに状態は傷もほとんどなかったらしい。昔の人達が見上げてたときの姿のまんまなのだ。
ちょっとだけ、ほんとうに神様っているのかもしれないと信じたくなる不思議な説得力があった。
この土地の平和を守ってくれることを願って、手を合わせた。

神社ってあんまり神様がいるって感じしないけど、このお釈迦様はずっとこの町の人達を見守って見届けてきたんだなあ。だから本当に神様が宿ってるんだろう。

ここはいろいろ歩いていると、あちこちに記念碑やら石碑がある。
根府川の海がとても静かで穏やかで、でも少し悲しげで、吸い込まれそうになるのは、そういう悲しい歴史があるからなのかもしれません。

ピンクが強いこのおかめ桜の花びらが、なんとなく儚くて、それでいて力強さがあって、この町にちょっとの救いと勇気と元気を与えてくれているような、そんな感じがした。
ご飯を食べれる店はろくにないし、車で来るには道は狭いし駐車場もろくにないしで、散歩するにしてはちょっと体力に覚悟がいる坂道もあるし、いろいろとよそ者からすると不親切な点は多々ある。
でも、それがまたいい。無理に地域活性化しなくてもこの町はこの桜さえあればあとはいらないんだ。きっと。

すこし人生に疲れてて、「ここじゃないどこかに行きたい」という気持ちを日々抱えながら生きている自分にとってものすごく気持ちのいい一日でした。

みかんをにぎらせてくれたときのおばさんの手がつめたかったのをなんとなく思い出した。

ここではないどこかを探す

映画のイラスト

中国にはこんな言葉がある。

桃の花は毎年いつも同じだが、花を見る人は毎年違う

欲望の翼』ウォン・カーウァイ監督インタビューより

私の好きな『欲望の翼』という映画を制作したウォン・カーウァイ監督がインタビューの中で引用したの。この言葉は中国でどこでどんな気持ちでうたわれたのかは知らない。でも、いい言葉だなぁと思って載せてみました。

この映画でも、レスリー・チャンが演じる主人公は「ここではないどこか」を求めて南へ向かいます。それは映画の主人公としてだけでなく、レスリー本人も実際にそう願っていたようでした。

「俳優をやめるから、2人で別の国へ行こう。こんな場所にいることはない」

RECORD CHINA 2013年11月18日の配信より

救済を求めるとき人はどこかへ行こうとする。例えばベニスだったり、カリフォルニアだったり、海のきれいな無人島だったり……

久しぶりにこの映画を観たら、私にとっての「ここではないどこか」の行く先が、今回は根府川だったのかもしれない。なんかそう思えました。

近いうちにまたもう一度行こうと思う。まだ見てない石碑がたくさんあるし、言ってみたい旧東海道の洞窟もあるし。
根府川の桜も毎年見る人がきっと違うだろうけど、私は来年も観に行くつもりだ。

produced by

ライター oyumi

1993年生まれ、静岡県出身のイラストレーター。
雑誌やグッズ、広告などのイラストのお仕事以外にも、恋愛メディアAMで「シティボーイに『あいつ、できるな』と思われたい」を連載中。『非・映え女子』という本も出ています。

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