「今日の1ど」

nanako / 1℃

Life

「今日の1ど」

Writer ナナコ / Illustration ナナコ

「今日の1ど」
漁港で買った手袋(トナカイ皮)

身につけるだけで、なんだか体温が上がるものがいくつかある。
お気に入りの古着のコート、いい色合いのマフラー、お土産でもらったトートバッグ、掘り出し物の指輪…どれも思い入れに温度があるものたち。
あるいは、貼るホッカイロ、ダサいけど最高にあったかい靴下、母親のタンスから借りた肌着、ウルトラライトダウン…これらは、身につけて温度を感じれるものたち。

冬は、気持ちと体の温度を調整するのが難しい。見た目だけ繕っても冬の寒さには太刀打ちできないし、かといって目先の温かさを取ると、装いに魅力がなくなってしまう。
これを両立できるアイテムが少ないのが私の悩みなのだけど、そんな持ち物の中で唯一、どちらも両立できるアイテムがある。それが、この”漁港で買った手袋”。今日は、その手袋をちょっとだけ自慢します。

まずどこの港で買ったかというと、フィンランドの首都、ヘルシンキ。冬には気温が氷点下を余裕で越え、ときに雪がちらつき、夕方5時には街が真っ暗になってしまう北欧の小さな街だ。当時大学生だった私は、ただただ憧れの美術館を目指しヘルシンキに降り立ち、まず、その寒さに絶望した。

ただ、どうやら絶望したのは私だけではなかったようで、ホッカイロは大量に持ってるけど、それ以外は東京で過ごす装備と大差ない私に、現地の友人たちは呆れ、「とりあえず手袋を買いに行け」とすぐに買い物に駆り出された。
言われるがまま訪れた漁港は、流氷で冬季は漁を行わないため閑散としており、もちろんこんな冬場に観光客もおらず、ひっそりと露店が並んでいるのみ。(内心、「…こんなとこで売ってるのかな…お金使いたくないな…」と渋い気持ちだったけど、何も言えなかった。)

そうして、あれよあれよと露店(おじさんが手袋とモッソリした帽子を売っている)で試着してみた茶色のすべすべした生地の手袋は、手を入れた途端…ふわっふわ。露店のおじさん曰く「トナカイだよ」と言ってたようだけど、本当かどうかは分からない。けど、それを信用しちゃうくらいあったかくて、サイズも子供用だと笑われたけれど、自分の手にぴったりだった。

予期せぬ瞬発的な買い物のくせに、笑ってしまうくらい完璧だったから、私は値札も見ずに購入してしまった。(物価が安い国ではないから、予算的にはもちろん赤字。そこから2日くらいはパンとミートボールばかり食べていた。)けど、それからの滞在中、手袋のおかげでどうにか指先が凍傷になることなく、毎日日が暮れるまで街を散策できた。一見なんの変哲もない、偶然出会った手袋のおかげで。

…そんな手袋を、気づけば5年も使っている。若干の年季によって皮の頃合は変わってきたものの、すべすべで、程よい茶色。中もかわらずふわふわであたたかい。なんなら、東京の冬にはあったかすぎるほどに。
そして、この手袋をするたびに、「あそこで凍死しなかったんだから、ぜったい大丈夫だろう」というなんの根拠もない自信がポカポカと心を奮い立たせる。
冬の外出は、どうにも気分が下がってしまう。寒いし、日が短いし、体も重い。けれど、年を少しずつ重ねると、思い入れのあるものが少しずつ増えてきて、それを身に付けられるのはちょっと嬉しい。そういう楽しみが、体だけじゃなくて心も温かにしてくれていることを最近知れた。

まあ本当は、あったかくて、良いものを買い揃えられたら一番だけど、まだまだ自分には遠そうだから、また今年も「この手袋は東京の冬にはあったかすぎる…」と着けたり外したりを繰り返しているだけなのかもしれない。
(さらに本当のことを言うと、もう一つ、薄手の手袋がほしいなあと思ってるし。トナカイ皮だと、iPhoneが反応しないから。)

produced by

Writer ナナコ

美大卒業後、雑誌編集を経て、現在はフリーのライターやイラストレーター、ADとして活動。
インスタ: @nnk0107

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