「カフェラテは62℃」
ラテアート伝道師・澤田洋史のコーヒー論

/ 62℃

2008年、米国シアトルで開催された「ラテアート ワールドチャンピオンシップ」で、アジア人初のチャンピオンとなった澤田洋史さん。現在シカゴとニューヨークに店舗を構える「sawada coffee」のオーナーバリスタ他、オリジナルコーヒー豆ブレンド「SAWADA COFFEE BLEND」の開発、カフェ店舗プロデュースなど、その活躍は多岐に渡ります。 ラテアートとストリートを組み合わせた独自スタイルにこだわる理由や、仕事に対する熱量、またラテの温度へのこだわりについてお聞きしました。

取材・文:菱山恵巳子  撮影:三浦えり

シアトルでたまたま飲んだ一杯のラテが、コーヒー熱に火を付けた

―まずラテアートとの出会いについて教えてください。

2001年に会社を退職してシアトルへ語学留学していた時にラテアートに出会いました。 シアトルにはスターバックスの本社を筆頭に、コーヒーショップがたくさんあるのですが、別にコーヒーに興味があったからシアトルに行ったわけではなく、本当にたまたま。

それにアメリカのコーヒーって大雑把であまり美味しいイメージがなかったので、チェーン店なら味も安定しているだろうと、いつもスターバックスで宿題をしていたんですよ。

でも雨が降った日に、いつものスターバックスではなく、「ここでいいか」という感覚で、地元の人しか来なさそうな個人店に入ってみたんです。その店では今まで見てきたような制服を着たバリスタではなく、ラフなTシャツ姿で腕からタトゥーが見えている人がコーヒーを作っていたんです。正直、「こんな人がコーヒー作れるのかな……」と思って、あまり期待もせずカフェラテを頼みました。

そしたら目の前で凄まじい手さばきでラテアートをしてくれて! しかも味もいままでに飲んだことないくらい美味しくて。そのギャップに衝撃を受けたのが最初です。

―人生を変える一杯。その時からご自身でもラテアート作りを極めようと思い始めたのですか?

学校が忙しかったので、まだその意識はありませんでした。 でもその日から、そのお店の常連に。お店のバリスタやオーナーとも話すようになって、結局働かせてもらうようになったのが、ラテアート作りを始めたきっかけですね。

―ちなみに最初に作ったラテアートは……?

全く上手にできませんでした。ミルクの泡もボコボコで……。 コーヒー豆は店に沢山あったので、練習でいくらでも使わせてもらっていたのですが、ミルクは自分で毎日1ガロンをスーパーで2本買って、お店の閉店後とかに練習していました。

―初心者がそう簡単には出来ないものなんですね。

ラテアートは本来、「美味しさの証明」のためにするサービスなんです。 エスプレッソの抽出が完璧じゃないとキレイな濃いブラウンになりませんし、ミルクの泡が究極にきめ細かくないと、綺麗なアートが出来ない。 完璧に抽出されたエスプレッソは香りも味も違うし、ミルクの泡も光沢あるくらいきめ細かくて。 飲むと舌に乗る時間も長いので、より美味しさを感じるんです。

ラテアートは、絵が可愛いかったり、沢山書き込まれていれば良いわけではなく、美味しいラテが作れるかが最も重要なんです。

大会初出場で青ざめ、冷や汗。予選落ちの挫折が世界一への闘志を燃やす

―そんなラテアートの奥深さに徐々にハマって、世界一を目指すように?

練習を始めた頃は「世界一になる」なんてことは考えていませんでした。 しばらくしてコーヒーのトレードショーへ行った時に、ラテアートの大会を偶然見たんです。その時、「あれ?俺の方が上手いかも?」って思って(笑)。

次の年に挑戦したのが大会デビューです。でもいざ出てみると、緊張して手は震えるし、青ざめて冷や汗をかいたような気がします(笑)。エスプレッソマシンも使ったことがない機種で、コーヒー豆も普段使っているものではなくて……、全然思い通りにできず、予選落ちでしたね。

―その時に諦めようとは思わなかったのですか?

最初で緊張しすぎていた部分も大きかったので、次こそ優勝できるんじゃないかと、メラメラと闘志が燃えてきました。

―ワールドチャンピオンまでにはどれくらいかかったんですか?

たしか4年くらいです。場慣れするために小さな大会も含めて7回くらい大会に出場して、本場のシアトル大会は3回目で優勝しました。

最高潮の熱気に包まれた世界大会優勝

―優勝した時はどんなお気持ちでしたか?

誰もやっていないくらい練習はしていたので、やり切った感覚でした。 1日100Lは牛乳を使っていましたし、お風呂でも湯舟のお湯をミルクに見立てて、流れ方と手の動きを確認したり、とにかくミルクピッチャーが体の一部になるまで常に触っていました。

大会がちょうどリーマン&ブラザーズ経営破綻の前日で。それまで景気も良く、来場者数も過去最高で、盛り上がり方も異常でした。それに加えて初のアジア人優勝ということもあって、会場自体がかなりの熱狂に包まれていたんです。熱気の渦に巻き込まれている感覚で、僕自身もとても熱い気持ちになりました。

澤田さんのラテアート作品

帰国後には、シアトルの「コーヒー熱」を日本に広める活動を

―優勝時にはすでに店舗を構える構想などはあったのでしょうか?

全然無かったです。シアトルの熱狂のテンションで日本に帰ってきたら、まだラテアートっていう言葉があまり浸透してなくて、「ラテアートってクマとかかくやつ?」みたいな認識のされ方で。

これは「実際に見てもらってPRしないといけないな」と思い、以前働いていたDEAN&DELUCAの丸の内店を貸し切って、自腹で世界チャンピオン祝賀パーティーを開きました。そこで食関連の出版社の方から「ラテアートの本を出しませんか?」って声を掛けてもらったのが日本での最初の仕事です。

―ご自身のラテアート熱を周りに伝えていかれたのですね。

自分が最初にラテに出会った時の衝撃を日本の方にも伝えたくて。 バリスタっぽくない人がラテアートを作ることに惹かれたので、本にもあえてTシャツ、キャップ被った姿の写真を入れたり、アメリカの西海岸の世界観ごと広めていきました。

その本がきっかけで「こんなの見たことがない」って興味を持っていただくことも多くて、NikonのCM出演にも繋がりました。

カフェラテは、ぬるいと感じるくらいが一番美味しい

―現在オンライン販売されている「SAWADA COFFEE BLEND」のこだわりについて教えてください。

今のコーヒー豆の流行りは単一の農園の豆を使うシングルオリジンなのですが、自分独自のスタイルにこだわっていて、あえて複数の豆をブレンドしています。

パッケージはアメリカのスケートボードブランドが作った「SAWADA HIROSHIモデル」というスケートボードのグラフィックをそのままもらったので使用しています。インパクトがあるデザインなので。

公式通販:SAWADA COFFEE BLEND

―焙煎機にもこだわりが?

ドイツのプロバット社の、1950年代製ヴィンテージ焙煎機で焙煎しています。

大型の焙煎機で、その当時の窯の鉄は熱伝導率が良く、小さな焙煎機よりも豆へ均一に熱が伝わるんです。更に保湿性が高く豆の焙煎温度含め、均一な質が保たれているということは重要ですね。

―澤田さん的に、一番美味しいラテの温度は?

個人的には、カフェラテは「62℃」がベストだと思っています。ミルクの美味しさを一番感じる温度帯が60℃前半で、本場でもそのくらいの温度がスタンダードですね。

ただコーヒーはそもそも嗜好品なので、「何度が一番美味しいか」は一概に言えません。特に日本人は鍋やラーメンなどの食文化から、アツアツのコーヒーを好む傾向がありますね。僕も日本でラテを出すときは「ぬるい」と思われないよう65℃で出しています。本当は熱すぎるとミルクの甘みが消えちゃうのですが。たまに「70℃位のエキストラホットにして」と注文している方もいますよね。正直に言えば……邪道だと思っちゃいます(笑)。

―ちなみに、ラテアートを作る時の「気持ちの温度」は?

エスプレッソ抽出からミルクを注ぐまで絶えず集中しているので、熱過ぎずぬる過ぎず絶妙な温度をキープしている感じです。いくら慣れていても、カップギリギリにミルクを注ぐ際など気が緩むとこぼしてしまいますから。お客さんに提供して、喜んでもらってやっと温かい気持ちになれる感覚ですね。

プロデュース業では、クライアントとの温度感のすり合わせが大切

―店舗運営やプロデュース業での自分の熱量の伝え方はどう意識していますか?

自分がオーナーをしている「sawada coffee」店舗のスタッフには、細かいところまでサービスの質はこだわり、厳しく自分の熱量を伝えています。

一方で内装デザインや、メニューのプロデュース業に関しては、相手に想いを押し付けすぎず、温度感をすり合わせるスタンスです。……と言いながら、デザインを考えたこのお店は、カウンター下のミルククレートに、「澤田乳業」ってネーミングを入れたり、結構こだわっていますね(笑)。あくまで押し付けとかではなく、「このアイデアどう思う?」って、周りと調和しながら進めています。

今はニューヨークでの繁盛店を目指し、情熱を注ぐ

―今後の展望など、いま一番アツく取り組んでいることは何ですか?

いまは「sawada coffee」をニューヨークで繁盛店として継続することへ一番情熱を注いでいます。 ニューヨークって飲食店も多いですし、家賃も高くて運営にもお金がかかるので、長く愛されるのは難しい。だからこそ面白いんです。

質の良いコーヒーを出すだけでもダメですし、流行りだけを取り入れても一過性の流行で終わってしまう。色んなエッセンスを持った唯一無二のお店にしないと繁盛しないと思います。そのチャレンジに今は熱中しています。

「人がやってないことに興味がある」と語る澤田さん。ストリートファッションに身を包むバリスタは、いまでこそ街で見る光景になったが、日本で初めてTシャツ、キャップでコーヒーをいれたのは澤田さんだ。日本で文化を広めた第一人者として、次はニューヨークでの成功を掴むべく、情熱の炎はまだ燃え続けている。

Information

SPORTY COFFEE komazawa

SPORTY COFFEE komazawa

スポーツウェアブランド「AKTR (アクター)」に併設する コーヒースタンドが大阪に続く2号店をオープン。エスプレッソバーは、アメリカ・シカゴに「SAWADA COFFEE」を展開する澤田洋史氏が デザイン監修したユニークなものとなっています。 

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マガジンど 編集部

あらゆるものの温度について探究していく編集部。温度に対する熱意とともに、あったかいものからつめた〜いものまで、さまざまなものの温度に関する情報を皆さんへお届けします。

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